[好評連載中] 樹木医による「土壌のアルカリ化問題」早わかりガイド

■第五回 「アルカリ土壌は、将来厄介な問題を引き起こす」

アルカリ障害の怖いところは、植物を長時間かけて駄目にしていくところである。

土壌がアルカリに傾くと、鉄・マンガン・銅・亜鉛といった微量要素(一部多量要素である窒素も)が不溶化される。植物はやがて活力を失い、ジリ貧状態から枯死に至る場合もある。

この微量要素は人間にとっても重要である。人は食物から多くの微量要素を摂取しているが、もし全く微量要素が摂れないとすれば、やがては病気になるといわれている。

微量要素が欠乏すると、植物に現れる障害は「葉脈が浮き、葉は黄変してネクロシスを呈する」と説明されている。土壌反応と成分の有効度に関しては、Truogの図がよく使われるので、参考にすると分りやすい。

ハツカダイコン主根の先端(左:正常pH6.0 ss右:障害pH12.0)

(1) 鉄・マンガン・銅・亜鉛などは、pH7.5~8.0以上で不溶化
(2) 窒素はpH5.5以下、9.0以上で不溶化
(3) 石灰はpH6.0以下、または9.5以上で不溶化
(4) 燐酸はpH5.5以下で不溶化
(5) カリウムはpH5.0以下で不溶化
(6) ホウ素はpH8.0~8.5で不溶化

アルカリ化した土壌では、往々にして塩類障害も同時に発生しているケースが多い。

現実にセメントが土壌に混ざると、EC値(電気伝導度、土壌の塩類濃度の基準、生育限界は1.5 dS/m以上)も高くなる。EC値が限界値を超えると、植物根は「ナメクジに塩」的現象を呈する。

例えばマサ土1m³に対し、セメントをたった16kg程度混入しただけで、pHは12.3に跳ね上がり、EC値は2.29 dS/mとなる。これは植物の生育限界を超えた値であり、アルカリ害はEC害と混同されやすいので注意が必要だ。

また、筆者はセメントの主成分であるポルトランダイトが、根端の分裂組織の分化と成長に直接影響を与えているのではないかとも考えている。これは、短期間で結果の出るハツカダイコンによる繰り返し実験において、間接的な栄養吸収障害以前に、根端の分裂と伸長に影響を及ぼしているとしか考えられない根端の生育障害が認められたからである。

しかし、これに関してはさらなる実験と裏づけが必要であるため、推測の域を出ていない。いずれにしても、植物根は高pHによって間接・直接に障害を受け、健全な生育を図るには、土壌改良は不可欠である。

最近では、海浜埋立地での緑化工事が増えた。埋立地ではほとんどの場合、地盤安定処理が行われ、地下に大きな固結地盤が形成される。

過去は平気でそんなところに植栽されていたが、近年では緑化の質を求める声が高まり、計画段階から住民からの意見は厳しい。

例えば、埋立地における都市づくりを議論する行政主催のシンポジウムでのことである。会場から大きな声で意見が出た。「あなた方の議論はいつも地上に見える緑の話ばかりですが、実際にあの埋立地の土壌の劣悪さを知っていますか。もっと現場の土を見てから都市づくりを議論しないと、全く緑の育たない将来予測とは違った結果を生むことになるのではないでしょうか」。

「土壌が大事である」ということは誰もが理解していることだが、まだまだ見えないところに予算がさかれることは少ない。しかし、大きな森の下には豊かな土壌が広がっていることは周知の事実であるように、セメント改良したアルカリ土壌に植栽した樹は、将来貧相な森にしか成長できないことは明らかといえる。もっと土壌に注目してもらいたい。

また、建築物の不動産価値が叫ばれるようになって久しいが、それは将来にかけて環境が維持・向上されることが絶対条件であるということは言うまでもない。

アメリカでは緑化の質で住民訴訟が起きるという。日本においても、海浜埋立地だけでなく、今後は建て替え需要の高まる集合住宅におけるコンクリート再生砕石によるアルカリ化問題などは、解決されなければならない重要課題といえよう。

アルカリ化している現場発生土を「低コスト」で改良する手法について→「アルカリメイト」

次回内容

■第六回 「アルカリ土壌に合う植物ってあるの?」

日本で見かける樹種の中に「アルカリ土壌」でも生育する植物はあるのでしょうか?代表的なものを一覧表にまとめてみました...。

執筆者プロフィール 木田幸男

1949年生まれ。昭和49年東邦レオへ入社。緑化関連事業部創設、土壌・緑化技術の研究および資材開発を主業務とする。現、専務取締役。日本造園学会全国大会分科会などに話題提供者として参加。産官学の緑化技術のパイプ的役割を果たす。(理学博士、技術士[都市及び地方計画]、樹木医[No.26]、日本緑化工学会理事、元日本樹木医会副会長)